市場へ行こう! 4

「で、メイ。何を買ったんだ?」
ジョニーが聞いてきた。
ボクは、結局何も買えなかった。ジョニーが迎えに来るその時まで、結局覚えきれない花言葉をたくさん聞かされていたのだ。
「赤い薔薇は情熱っていう意味があるんだって。そんなことばっかり山ほど聞かされた」
「…そうかい。楽しめたようで何よりだ」
楽しんでないってば〜。ボクはちょっと頭に来てジョニーの腕にしがみついた。
「メイシップはまだなんでしょう?…じゃあボクとのデート再開だよね?ね、ね、ボクさ、甘いパフェが食べたい!」
折角だから、ジョニーにたくさん甘えてやる。ボクはそう決意した。

「でね、こんなくらいの…大きい苺の乗ったパフェを食べたんだ!」
メイシップに戻ったボクは超ご機嫌だった。その後のジョニーのデートは、とてもとても楽しかったのだ。言葉では言い尽くせない。「それでね、それでね…」
ボクの話をにこにこしながらディズィーが聞いてくれた。たまに、「それでどうしたんですか?」と聞いてきてくれるのでなおさらボクの口は軽くなる。ボクはほくほく気分で自分の部屋に戻り…

……現実に戻された。

「ううう。結局毛糸が足らないまま…どうしよう…」
「ふむ。確かにこのままでは渡された相手が困るというものだ」
「だ………!!あ、うぐっ」
ボクが叫び声をあげようとした瞬間だった。ボクの体は暗闇から伸びてきた手に抱え込まれた。口に当てられた指。声からしても、この指からしても男だ。このメイシップにジョニー以外の男がいるはずもない。
侵入者だ!!ボクは、その正体不明の男の指に、力一杯噛みついた。
「……!!!」
侵入者は声にならない叫び声をあげたみたいだった。でも愁傷なことに手を離そうとしない。ボクは侵入者の一瞬できた隙を逃すことなく、その腕をつかむと、思いきり上空に振りあげた。
ガツン!
侵入者は天井にたたきつけられたみたいだった。それでも声をあげない。ボクはその姿を認めるために上を向いた。頭上に白と黒で統一された姿が映る…。
「ヴェ…ヴェノムさん?どーしてここにっ?」
ヴェノムさんは、天井にたたきつけられた後、器用に体を反転し、綺麗に着地した。猫みたいだ。
「君は…怪力なのだな…」
多少は効いているらしい。肩をすくめながらヴェノムさんは立ち上がった。
「びっくりした。どうして…」
ボクがヴェノムさんに尋ねた。ヴェノムさんはそれに答えようとしない。ただ、ボクの後ろをじっと見つめている。確かにその姿には警戒の色があった。ボクの胸にほのかな期待がよぎった。
「メイ」
「…ジョ、ジョニーッ!!」
予感的中。後ろにはジョニーがいた。ボクの悲鳴を聞いて駆けつけてきたんだろう。ボクは、ジョニーのその行動のすばやさにうっとりしていた。ボクを助けにジョニーが来てくれたんだ。
「近頃のなんでも屋は、夜中にレディの部屋に忍び込むのも仕事のうちなのか?」
ジョニーがボクの腕を取って後ろに庇いつつ、ヴェノムさんに話し掛ける。
「…君に用はない。どいてくれないか」
ヴェノムさんが、物怖じしない態度でそっけなく言う。
「ほう、メイに用があってきたのか?…メイには貴様を呼んだ覚えはなさそうだが?」
気がつくと、ボクをはさんでヴェノムさんとジョニーがいがみ合うような状態になってきた。
「…ヴェ、ヴェノムさん…ボクに何か用なの?」
二人が争う姿を見たくないからボクは切り出した。本当は、ボクを守るジョニーのカッコイイ雄姿を見たいっていう気持ちもあったんだけど…。ここでヴェノムさんに大けがを負わせちゃったらいけないような…そんな直感がボクにはあったんだ。
「メイ。君にザトー様から預かり物をしてきている。私はこのままひきさがるわけにはいかない」
ボクははっと気がついた。そういえば、あの全身タイツの店員さんが、「毛糸は意地にかけて…」とか言っていた。ヴェノムさんはそれを届けてくれたんだ。ジョニーに見つかったらまずい。
「こんな時間に、しかも忍び込むような形できて、その言い様は誉められたものじゃないと思うぜ?」
「ジョニー、ご、ごめんなさい。そういえばボク、ヴェノムさんに頼んであったものがあったんだ。それを持ってきてくれたんだよね?」
ヴェノムさんは、軽く頷いた。そして、ジョニーに向かって再度言った。
「退きたまえ。用があるのは君ではない」
ジョニーはボクの腕を離すと、ふっとため息をついた。そしてボクの頭を撫で、部屋の外へ体を向けた。
「メイ。何かあったら叫べ。…そのときは容赦しない」
ジョニーが部屋から去ると、ボクはちょっと悲しくなった。なんだか…ボクはジョニーにとても酷いことをさせてしまった気がする…。
ヴェノムさんがボクのその顔を見て何か感じたのか、言った。
「すまなかったな。驚かせるつもりはなかった。だが…あの男に気取られてはいけなかったのだろう?そのために君を黙らせようとしたのだが…裏目に出てしまったな」
ボクは首を振った。
「ううん…ボクが最初に声でヴェノムさんだって気がつけばよかったんだ…」
そう、内密に内密に、って思っていたのはボクだ。どうして、ボクはあのとき冷静に対処できなかったんだろう。
「それにしても…隙のない男だな。君も立派な頭領を持ったものだ」
ヴェノムさんはそう言いながら手にもっていた大きいケースを開いた。中にはビリヤードのキューとボクが望んでいたはずの毛糸と本が入っていた。

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