市場へ行こう! 5

「あれ…これ…色が違うじゃないかっ…」
ボクは思わず暴れそうになった。ジョニーをあんな形で引き下がらせたのに…ヴェノムさんが持ってきた毛糸は、微妙ではあるけれどボクの毛糸とは違ったのだ。
「君の持ってきた毛糸は…あれは多分失われたジャパニーズの国で作られたものだ。君がどうやって手に入れたのか知らないが…今、この世界、どこを探してもそれと同じものは存在しない」
「そ、存在しないぃ…?」
ボクは悲しくなった。それならさっき、ジョニーを止めなければ良かった…そんな物騒な考えがボクの脳裏をよぎった。
「それで、だ。君のその残りの毛糸でどうにかする方法を考えてきた」
ヴェノムさんは、毛糸を取り出し、本を開き…そしてキューを手に持った。
「う?」
「ひとまず私が手本を見せるから、それをまねてどうにかしてくれたまえ。失敗せずうまくやればその残りの毛糸だけで完成するはずだ」
そういいながら、毛糸をキューに絡ませつつ、ヴェノムさんは本を覗いている。
「ふむ…ここをこうして、こう、か…」
「あ、あの…手本っていうけど…どう見てもヴェノムさん、本見てやってない?」
しかも題名は「初心者のニット」ヴェノムさんは、ボクの編み棒とは比べものにならない太さを誇るキューを器用に操って、どんどん毛糸を絡ませていく。
「…この基本にそってやればなんとかなりそうではないか。案外簡単なのだな…君がどうやってそこまで奇妙なものを作ったのか…その方が不思議だ」
ヴェノムさんはどんどん本に示されているような編み目を綺麗に編んでいく。ボクは自分のセーターを見た。と、とても同じものとは思えない…。
「う…ヴェノムさんって器用だね」
「私は不器用な方だ。君もぼけっとしていないで見よう見まねで作りたまえ」
ボクは仕方なく自分のセーターを膝の上にのせ、編み棒を動かし始めた。ヴェノムさんの指先を見つめながら…
「…ねぇ、早すぎてわからないよ…」
「…。いいか。こうやって、こうやってこうする…。で…」
今初めて、編み棒を持ったとは思えない正確さでヴェノムさんはボクに指示を出す。ボクは説明を聞きながらどこか上の空だった。なにせ、ヴェノムさんの指はとにかく動きが速い。理解しようとしても、その速度に恐れをなすのか、脳が拒否するのだ。
「ううう…どうせならこっちのセーターを編んでよ…」
ボクのつぶやきにヴェノムさんは初めて編む腕を休め、きっとにらみつけてきた。
「君は…ヒトにやってもらったものをあの男に差し出す気か。その程度の男か、あの男は君にとって」
ボクはどきっとした。そうだ。ボクはジョニーのためにこれを編んでいるんだ。ヒトの手を加えさせてなるものか。
「そうだよね。ボクったら…よーし、やるぞっ。ボク、頑張るからね!」
ボクは夢中で指を動かした。ちらちらとヴェノムさんの指先を見つつ…本当にできあがるんだろうか…。

そして、一時間もたったころ。強烈な眠気がボクを襲っていた。いつもならとっくに寝ている時間だ。この時間、この船の中、起きているのは僕達とジョニーくらいだろう。
「ヴェノムさん、気になるんだけど…ヴェノムさんは…何を作っているの?ボクの見本ならセーターなの?…誰にプレゼントするの?」
ボクは眠気をとばすためにヴェノムさんと会話をすることにした。
「君には関係ないものだ。君が心配することではない」
ヴェノムさんの答えはあまりにも簡潔だった。これではボクもつっこみようがない。
「う…会話にならないよ、ヴェノムさん」
ヴェノムさんは相変わらず手を動かしながら
「いつ会話を楽しむことになったんだ?…君は勝手に物事を決めすぎるきらいがあるな。…口を開いているとその分だけ手がおろそかになるぞ。頑張りたまえ」
そう冷たく諭してくれた。
「うう…ジョニーならなんだかんだ言って話につきあってくれるのにぃ…」
ボクは答えてくれないヴェノムさんを恨めしく思いながらまた指を動かすことに専念することにした。
そう、頑張るのよ、メイ!これもジョニーとの愛の為なのよっ。

「メイさん…?」
ボクは自分を呼ぶ優しい声にふっと目を覚ました。
「あ…う……?」
「メイさん、朝ですよ?…お疲れですか?」
ボクはぼけーっとした頭でどうしてディズィーがここにいるのか、そんなことを考えていた。それを察したのか、ディズィーが言う。「ジョニーさんが…なんだか…やたらとメイさんを起こして来てくれって言うから…。どうしたんでしょうね…今日はメイさんが気になって仕方ないみたいです、ジョニーさん」
その瞬間にボクは思いだした。ボクは…ボクは確か編み物をしていたはずだ!
「あっ、あ、あ!!ディズィーちょっと待ってっ」
そう言いながら当たりを見回す。毛糸らしいものはひとまずどこにも見あたらない。不思議そうな顔をしたディズィーが立っているだけだ。
「どうかしたんですか、メイさん?…なんだかジョニーさんもメイさんも今日はちょっと…感じが違うみたいですけど…」
どうやらヴェノムさんが綺麗に片づけていってくれたらしい。ヴェノムさん…ありがとう。ボクは心の中でつぶやいた。
そういえば…さっきディズィーが気になることを言っていたような…
「平気っ、ゴメン心配かけて…。そうだ、ディズィー。ジョニーがどうかしたの?」
「ええっと…どうした、って程じゃないのかも知れませんが…メイさんのこと…なんだか…すごく心配しているようでした」
ボクはジョニーが心配してくれていた事に感動した。あんな追い出し方をしたのに…さすがボクのジョニーだ。
「よぉっし、早速ジョニーに会いに行こう!」
ボクはベッドから飛び出しそのまま駆けだした。ディズィーがあわてて後から追ってくる気配がする。
「ちょっとメイさん。服はそのままでいいんですか〜〜?」

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prezented by Akasa Rira 2002