市場へ行こう! 3

しばらく歩いて、裏路地の人通りの少ないところでジョニーは立ち止まった。
目の前にはいかにも少女趣味の構えをした店があった。かわいい装丁だ。おとぎ話にでてきてもおかしくないくらいの。しなびれた裏路地で、その店は異様に見えた。
でも、更に異様だったのは店の名前だった。
「アサシンファミリーグッズ…?」
ボクはつい、声に出して読み上げてしまった。その看板は、原色をふんだんに使った丸い文字で書かれていて、かなりポップでかわいい。子供向けにはいいかもしれない…だけど…「アサシン?」
「自由にしてきな。…メイ。俺はちょっと用があるからしばらく別行動だ」
ジョニーの冷たい言葉に、ボクは悲しくなった。
「え〜ジョニー一緒に見てくれないの?ボク…ジョニーと一緒に買い物したいのに…」
ボクの頭の中では、既にボクとジョニーはデート中。ジョニーと別行動なんて考えられない。頬を膨らませるボクにジョニーは微笑みつつ、頭を撫でてきた。
「まぁそう怒りなさんな。すぐに戻ってくるから機嫌を直してくれ、お姫様」
ボクはしぶしぶ頷いた。ボクにもさすがに分かったからだ。ジョニーはさっきの人に会いに行くんだ。しかも、多分仕事関係の話だ。ボクがここで駄々をこねるわけにはいかない。
それに考えてみたら、ボクはこれからの買い物をジョニーに内緒にする予定だったんだ。
ジョニーと一緒にいれるのが嬉しくてついつい、忘れていたけど…あやうく本末転倒になるところだった。
笑いながら手を振りつつ去っていくジョニーを見おくって、ボクは「アサシンファミリーグッズ」の店内に足を踏み入れた。

リンリンリン。
ドアを開けるとかわいらしい鈴の音が聞こえた。
パステル調の壁紙に包まれて、かわいらしい小物やぬいぐるみ、あれやそれが所狭しと置かれていた。中央に置かれてたくまさんのぬいぐるみが愛想よく歓迎するかのように微笑んで座っている。
「わぁ、かわいいっ。…でもなんで生花が…」
キョロキョロと見回すと、不思議に生花の群れが花言葉とともに置いてある一角を見つけた。
「それは私の趣味だ」
気がつくと、かわいらしいクマさんの横に細身の男の人がエプロンをつけてたっていた。
金色の髪。黒い服。そして目を覆うマスク。一見いでたちはジョニーに似ていたけれど、ジョニーのほうが上背があるしカッコイイ。少し、得意な気持ちになってボクはたずねた。
「ここって…なんでもあるお店なんでしょう?…ねっ、ボクさ。毛糸がほしいんだ。これと同じの」
ボクは、ぽっけに潜ませていた毛糸を取り出した。
「…毛糸?ああ…編物をする毛糸ですか…ふむ。うちは基本的に毛糸のようなかさばる繊維よりタイツのような伸縮性に優れ、体にフィットする素材を愛して…」
店員さんの長口上が止まらなさそうだったので、ボクはじたんだを踏みながら、叫んだ。
「別にこの店の趣向なんか聞いてないよ!ボクがほしいのは毛糸なんだ。それもこの色…。どうしてもいるんだ。この色じゃないとダメなんだっ」
店員さんは、首を振った。
「ないものはないんだがね」
「ううう、じゃあせめて近くに売っていそうな処はないの?」
「気がつきませんでしたか?…ここはちょっと普通の店とは違いますので…近くにショッピングモールなんて気の利いたものはありませんよ。」
ボクは泣きそうになった。ジョニーを待つ間にココを抜けて、衣料品店に向かうという一番有効そうな手段さえもとれないらしい。ジョニー!なんでこんなマニアックな店を選んだのっ!?
店員さんはしばらく考えていた。そして、仕方有りませんね。とつぶやくと奥に話しかけた。
「ヴェノム。このお嬢さんの応対をしてください。折角来てくれたんです…なんとかしてあげてください」
「はい、わかりました」
声と共に奥のほうから、のれんが現れた。…じゃない。のれんのように前髪を垂らした男の人が現れた。
その人は、全身白と黒で統一されたダブルスーツを来ていた。
「何をご入用ですか?」
ヴェノムと呼ばれたそのダブルスーツさんはそういいながらボクに近づいてきた。どう控えめに見ても、この愛らしいファンシーな店には似合わない服装と仕草だ。おかしすぎる。考えてみたら最初の店員さんもそうだけど…店に似合わなさすぎる。
「あのね、この毛糸がほしいんだ。それもたくさん。」
「ふむ。毛糸か」
ヴェノムさんは顎に手をやり思案している。だが、すぐにその答えは出たようだった。
「…ないものは幾ら思案したところで時間の無駄だな。ないものはない。」
「えーっ!」
期待していたボクはめいいっぱい声を張り上げて非難した。側で生花の世話をしていた店員さんが顔をしかめっつらにして言った。
「ああ…。ヴェノム、お前のその髪を切って売ってしまえばいいだろう?…同じだ。同じ。似たようなものじゃないか」
ヴェノムさんが何か反論しようとしたようだが、ソレを遮ってボクがかなきり声を挙げた。
「ちょっと!!人の髪の毛を編み込んで渡すくらいならボクの髪の毛を編み込むよっ!」
ジョニーが誰かの髪の毛を身につけて歩くなんて許せない。
「…そういう問題では…」
ヴェノムさんのつぶやきが聞こえた。
「髪を編み込むのは良くないな。そんなの送られたら誰でも気が滅入るというものだ。」
自分が言い出しっぺにも関わらず、花の手入れをしながら店員さんが言う。でもそれは一理ある。ジョニーの事だからそれでも受け取ってくれるだろうけど…。着てくれるかどうか。いや、きっと着てくれる。この際だから、ボクの髪の毛を編み込んでしまおうか…
ボクが思案顔で固まっていると、店員さんが少し口を皮肉っぽくゆがめて笑いながら言った。
「仕方ない。毛糸は私の意地にかけてなんとかしよう。すぐにご用意できないお詫びとして…楽しい話を聞かせてさしあげましょう。」
ボクは、ちょっとどきっとした。その店員さんの微笑があまりにも「裏があります」といっていたからだ。
なんだか、すごく悪い予感がする。ジョニー!ジョニーっ!早く…早くボクを迎えに来て!

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prezented by Akasa Rira 2002