市場へ行こう! 7

まだジョニーは来ていないだろう。ボクはそう思っていた。だから、広場にジョニーが座っているのを見つけた時は、嬉しさより驚きの方が大きかった。
ジョニーはオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。考え事をしているのか、珍しく周囲のオンナノコにいつもの視線を送っていない。そんなジョニーを見るのは初めてのような気がする。なんか…カッコイイ。やっぱりジョニーはカッコイイ。
ボクは、黙ったままぼーっとジョニーに見とれていた。でもなぜかジョニーはボクに気がついたようだった。
「メイ。…用事は済んだのか。早かったな」
ボクの方に振り向くと、ジョニーは笑った。
ボクは金縛りにあったみたいに動けなくなった。ああ、やっぱり…ボクはジョニーが好きだ。そういう気持ちが体の中を駆け巡って、返事をすることさえできない。

「メイ?」
ボクの様子がおかしいことに気がついてジョニーは席をたった。すぐにボクの側にくると優しく頭を撫でながら、その男らしくてカッコイイ顔をボクの顔に近づけて囁きかけてきた。
「何があった…?…アイツに何か言われたのか?」
「アイツ…?」
ボクの頭の中で何かが違う、と警鐘が鳴った。よくわからないけど、ジョニーは何かを勘違いしている。
「アイツって誰?あのなんでも屋さん達?…あ、あの…ちょっと誤解あったけど…その…えと、ボクの誤解だったんだ…ええと…その…あのね、ジョニー…ボク…ボクはジョニーにプレゼントがあって…」
ボクは包みを差し出した。ジョニーは一瞬迷ったようだがそれを受け取ってくれた。
「ありがとうメイ。…だが…俺が本当に受け取っていいのか?お前さん…本当はこれを他の誰かに渡したかったんじゃないのかい?」
ボクはジョニーが言っている意味がわからなかった。
「…?これは…ちょっと…いろいろ手間取ったけど…ジョニーのためにボクが精一杯頑張って作ったんだ。ジョニー以外の誰にも渡すつもりなんてないよっ、ねっ、開いてみてジョニー!ボク…ボク頑張ったんだ、本当に頑張ったんだ」
ボクは一生懸命言った。どう説明していいかわからないけど、ジョニーが誤解している何かを正したくて仕方なかった。ボクの真剣な気持ちを悟ったのかジョニーは包みを机の上に置くと、リボンに手をかけた。ジョニーの長い指によってかわいらしいリボンが解かれていく。
ボクはドキドキした。ふっと、さっきの店員さんのセーター姿を思い起こす。すぐに店員さんの姿はジョニーにすり替わる。あんな風にジョニーが…。

はらり。

「…これは…」
ジョニーはそれだけいうと、言葉に窮したように唸り声を上げた。ジョニーの腕にあったのは一応ボクの編んだセーターだった。だけど…網目はボロボロ…しかもどうみても、胸から下と、袖がない。セーターじゃない。ベスト…しかも、胸までの、変形チビTシャツとしか言いようのない代物だった。
「…なに、それ…」
ボクはついつぶやいてしまった。
「あうっ、あっ、あっ…うううう…そ、そのっ…ボク頑張ったんだよ。ヴェノムさんとかにも協力してもらって…その、ちゃんとしたセーターを編んだつもりだったんだ。でも…ちょっとだけボクには難しくて…でも…どうしてもジョニーにセーターをプレゼントしたくて!」
ボクは顔がカーッと赤くなるのを感じた。マジマジとジョニーの顔を見ることができない。うあああっ、ヴェノムさん、これはあんまりだああ。これをラッピングするってどういう神経…いや、頼んだのは私って言ってたっけ?うう?
ボクは頭が混乱して、頭をかきむしりそうになった。そのとき…

クックックッ。
「そうか…そういうことだったのか。…頑張ったな、メイ。最高のプレゼントだ。ありがたくいただくぜ」
ジョニーがあのいつもの笑い声を立てて笑っていた。ボクは、体がカーッと熱くなるのを感じた。
「嬉しい…ボク…ボク、嬉しいよ。ボク…ボク、すごく嬉しい!」
ジョニーはにやっと笑うとボクの傍らに立った。そして優しく頭を撫でてくれた。
「お前さんが、ね。セーターとは。…まぁ…及第点には遠いようだが?」
ボクはつい、頬を膨らませて反論した。
「ボク、これでも頑張ったんだ。それに…今度はもっと頑張るし…」
「そうか…。まぁ、お前さんにしてはたいしたもんだ。俺からもお礼にプレゼントをあげなければいけないな」
ボクの頭に昨日食べた大きい苺のパフェが思い浮かんだ。今日もあれをジョニーと二人で食べよう。そう思ったら…ボクの視界が一瞬暗くなった。
「?」
はっと気がついた時にはジョニーの顔がすぐ目の前にあった。暖かい、やわらかいものがボクの額に触れる。
「次はもっと頑張るんだな…さ、昨日のパフェにまた挑戦しにいくか?」
ジョニーはそう言って歩き出した。翻るコートを見ながらボクは呆然としていた。
今、ボクの額に触れたものは…何?
ジョニーの唇だったんじゃないだろうか…。
「ま、待ってよ、待ってジョニー!!!」
ボクは駆け出した。
ボクの前髪が風を受けてゆらゆら揺れる。揺れる前髪が額にこすれるたびに、なんだかとてもこそばゆい。
いつもより、額がこそばゆく感じるのは何故だろう。
ボクはそれが嬉しくて、とても幸せだった。

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prezented by Akasa Rira 2002